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赤坂整形外科

院長のオリジナルの考えをのせています。今までの考えを残してゆくつもりで筆を執りました。読み物だと思ってください。
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新しいブログ始めてみます

新しくブログを始めてみます。

 

今まで自分が考える医学的なことをまとめて、図を入れて説明するブログを書いてきましたが、引き続き体調が悪く、こまめに更新できないので、図などを構成すると時間がかかり、精神的負担にもなるので、文章だけのブログとして再開してみます。

ブログが亢進できないので、ホームページの表ページの、ごあいさつ と、トピックス に、今、診療で考えていること の内容をまとめてあります。

 

そのホームページを元にお話しを始めてみます。

 

診療時間を短縮したのは、病気をした後にやはり、体力、気力のおとろえたこと。事務担当の義父が高齢となり、経理、税務のかなりの部分を自身が担当しなくてはならなくなったこと。=職員の時間外計算、給与計算、収入、支出の管理など。で、以前と同じ診療時間を続けることが難しくなったことが理由の一つです。

 

私がかかった、心筋梗塞は治療して落ち着いていればOKなのですが、また再発する可能性があり、その時はおダブツになる可能性がある事、つまり、人生の残りの時間が区切られる“がん”などと違って、ずっと大丈夫かもしれないし、いつ突然来るかもしれないし、という状態です。今後の人生かくごをして 過ごさないといけない状態です。

加えて、妻の状態もあまり芳しくなく、具合が悪くなって、いつ動けなくなるかわからない状態です。

 

新しい医院を平成17年に今の場所に建てましたが、その借金を含めて、すべての借入金がなくなったこと。子供がいないので、子供にかかるお金も必要がないこと、後継ぎがいないので、後に残すお金も遺産も必要がないこと。

 

つまり、一生懸命に働く必要もなくなり、残りの人生、有意義?に時間を過ごそうと考えるようになり、休みを多くとって、妻と、行ける所に行って、のんびり過ごすこととしたのです。

 

また、この医院のある場所は、電車の駅からは距離があるのですが、通りの向かいに24時間営業のコンビニ、医院のとなりがドラッグストア、その隣がスーパー、向かいのコンビニの並びには郵便局、出前してくれるソバ屋、犬を飼っているのですが、動物病院もあり、歩けなくなっても、何とか生活できる立地のところで、年を取ったら、売って、あるいは譲ってどこかの他の土地に移るより、医院ができなくなったら、そのまま住んで暮らしてゆくにも、もってこいの場所です。

 

 

しかし、

医院を休みにして、収入がなくなっては、旅行の費用も底をつきますし、職員の給料も払えませんし、そこで、私がいない間に、医院を開けておくためにも、自分の給料をけずって、その分、他の医師を雇って外来を担当していただくことにしました。そうすれば、職員も働き続けることができますし、医院は休まずに開けておくことができます。自身の給料が減れば、年金ももらえます。

つまり、将来は、自分が中心になって医療を行うより、医院の経営の面により関わる方向に持ってゆこうと いう考えになりました

ただし、これは理想で、完璧に、この状態に持ってゆけるかどうかは、これからです。

 

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