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赤坂整形外科

院長のオリジナルの考えをのせています。今までの考えを残してゆくつもりで筆を執りました。読み物だと思ってください。
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コーヒーブレイク
112、私が整形内科医になったわけ5

 西窪病院では、整形外科医の常勤は私一人でしたので、治療方針の責任者も私です。最初は若かったので、パートに来ている上の先生の意見に従って、治療方針を立てていたのですが、年数が経つにしたがって、パートは後輩の先生がほとんどとなり、自分の方針で医療を行うようになっていました。一般の病院では、整形外科だけでも数人は常勤の先生がいるわけですから、あまりに独創的な?突拍子もない?治療を行ったりすると、上の先生からは文句がでる(=上の先生の許可が要る)でしょうし、下の先生からは、何をやっているのだと、場合により、医局の方に(つまり、科の教授の方などに)チクラレル可能性があります。医局から離れて、一人で医療を行っていると、他に止める先生がいませんので、(他科の先生は、もちろん、専門外ですので、口を挟むことはありません。)自分の意見だけで、その治療ができると言うことです。よく言えば、いろいろな治療を取り入れることができ、自由にできると言うことです。
 具体例を挙げますと、整形外科では、ほとんど使われていない、超音波治療器、トリオ治療器を購入して使い始めました。もちろん、新しい器械を購入すると、お金がかかりますから、事務長、院長には、大変お世話になりました。泌尿器科の先生が購入した、レーザーメスを利用した、椎間板を焼く手術や、股関節の知覚神経を焼く手術なども行いました。硬膜外麻酔は、腰だけでなく、首の部分まで行えるようになり、チューブも入れて、痛みを取る治療だけでなく、手術時の麻酔も自分でほとんどかけていました。通常では、全身麻酔(静脈麻酔後、呼吸から麻酔をかける)となる鎖骨、肩、上腕部の手術も、首の、腕に行く神経の出口部分のブロックと、硬膜外麻酔を併用して、自分で行っていました。消化器内科では、胆石の破砕術(西窪病院には、衝撃波で胆石や、腎結石を砕く装置がありました。手術のように切ることはありませんが、施行時には痛みを伴います。)があったのですが、その硬膜外麻酔を外科の先生が行ってうまく出来なかったので、急きょ、私が呼ばれて麻酔をかけたこともありました。胆石ですと、胸椎部の硬膜外麻酔となります。脊椎の中を走る神経は、脊髄部分ですので、慣れていないと難しいのです。それ以後、麻酔専門でない私が、胆石の破砕手術の硬膜外麻酔を、すべて任されるようになりました。
 麻酔科の非常勤の先生が、週一回来るようになったのも、私を通じてです。同級の麻酔科の先生から、パート勤務できないかという話がきて、事務長にお願いしました。整形外科の手術は、ほとんど自分で麻酔をかけていましたので、結局、麻酔科の先生は、ほぼ泌尿器科の手術の麻酔担当になりました。整形外科は全身麻酔をお願いする時だけ、泌尿器科の先生にも許可を取って麻酔科の先生にお願いしていました。

 別の角度から、取り入れた治療の話をします。
 いろいろな治療を取り入れるようになった最大の理由は、教科書に載っている整形外科の治療だけでは、治らない人があまりにも多いと言うことです。整形外科は、外科と名前が付くように、手術治療に重点が置かれていますから、もともと、手術以外の治療で治すことには弱点があるのです。誰でも、手術無しに治ったら、それに越したことはありません。以前、脊椎外科で手術ばかり行っている先生方に、自分が椎間板ヘルニアになったら、手術を受けるかと言う質問をしたところ、ほとんどの先生が 受けない と答えたと言う事実があります。つまり、誰もが、手術なしで治したいと言うことです。そこで、まず、麻酔科の痛みの治療のメインとなっている神経ブロックをフルに活用しました。神経ブロックに当たる硬膜外ブロックは硬膜外麻酔と同じ手技ですので、自分で麻酔をかけることは、その延長線上にあるようなものでした。次に、整形外科の考えの中でも、習ったことにとらわれずに、装具や、固定を工夫したりして、有効な治療を探ってゆきました。
 それでも、治らない方がまだまだ大勢いました。整形外科では治らない と言われるゆえんです。鍼灸、接骨医、整体師、カイロプラクティック、その他の民間療法に治療をゆだねる方が多い理由でもあると考えます。そこで、今度は、漢方治療まで手を伸ばそうとしましたが、ここで限界を感じたのです。漢方治療は、体質改善の治療でもありますので、どうしても、内科と重なる部分が出てきます。漢方薬は、病名にとらわれずに、患者さんの今の体の状態に合わせて、1〜2種類を選びます。いろいろな症状を、ひとつの薬でカバーします。ところが、西洋薬は、ひとつの症状にひとつの薬を出すので、いろいろな症状を訴える患者さんには、すぐに10種類ぐらいの薬の処方になってしまいます。当時の内科の先生は、その薬を何種類も重ねて出すタイプの先生で、漢方治療とはまったく正反対の先生でした。さらに、院内処方の上、薬局が小さく、何十種類もの漢方薬をおいておくスペースはありませんでした。この辺が、病院勤務の限界でした。さらに、自分の思い通りの治療を行おうとすると、あとは、自分が一国一城の主になる=城を持つ=開業しかない  と、思いなおした時でもありました。

 開業には、テナント(賃貸)でも、通常、数千万円の費用がかかります。特に、保証金と、内装費(何もない箱の中に、壁、敷居、照明、冷暖房、給排水などの工事が要ります。)が高いのです。医療機器は高額ですが、リース制度があって、月々の支払いで済みます。が、最初は収入がありませんので、運転資金も要ります。さらに、宣伝費にもお金がかかります。お金が手元にあれば、あるいは、親戚や親が出してくれるのなら、問題なしです。ない場合も、担保になる物件を持っている、あるいは、持っている親族が保証してくれるのなら資金融資が可能です。(担保がなく、事業計画のみでは、医師でも、高額融資は無理です。)
 私には、これらすべてがありませんでした。そこで、費用のかからない開業しかチャンスはありませんでした。それでも、この病院勤務時代にこのチャンスが3回ありました。私の後任の整形外科医は最後まで見つかりませんでしたので、そのたびに、事務長や院長に多大な迷惑をかけたことをお詫びします。
 1回目は、整形外科を開業していた先生がお亡くなりなり、そのままの医院継承です。医院の形態が古く、(現在ビンテージ家具として高額な値段で売られている白枠のガラス医療ケースもありました。)亡くなられた奥様が、医院の続きの家に住んでいて、とてもそのままでは出来ないとあきらめました。2回目は、西窪病院を辞められた産婦人科の先生から、医院を立てるので、開業しないか と誘われた話でした。話し合ってゆくうちに医院もできて、現実的に可能性は高かったのですが、金銭的な契約など、細かい話になると、うやむやにしてしまう方でしたので、最終的に話は流れてしまいました。3回目は、すでに医院が立っており、開業する整形外科の先生を探していると言う話が来ました。場所は当時から住んでいた所沢で、実はこの建物は、時々食事するファミレスの隣にあり、私は知っておりました。歯科医院を、2人で開業しようと大きめに建てられた建物だったのですが、その歯科医師の方が、お亡くなりになられたため、空いたままになっていました。医学関係の雑誌などに公募していなかったので、知られていなかったのです。歯科医院としては、大きすぎて、入る方がいないということでした。亡くなられた方の友人が、たまたま整形外科のパートの先生として私の下で勤務していましたので、その話しが回ってきたのです。手術を一緒にしているときに、突然、誰か所沢で整形外科を開業したい人を知りませんか?と言い出したので、思わず、“はい、私”と 手を挙げていました。
 整形外科の医院としては、レントゲン室も、待合室も、診察室も狭かったのですが、すでに、照明、冷房などすべて完備(=内装費が全く要らない)しており、レントゲン装置や、リハビリの器械などの中身だけを用意すればよい、保証金も分割でよいと言うことでした。しかし、それでもお金はかかります。資金のめどが立つまで、少し待ってもらい、ようやく開業する段階にこぎつけたのです。西窪病院に勤務して既に9年目でした。
| コーヒーブレイク | 16:19 | - | - | - | - |